紀伊海岸南下計画「 和歌山市全景 松林からみえる砂浜 」



昭和49年 北港の写真 町側へのうすい赤色が
工場からの 鉄粉の飛散にみえる
魚釣り公園の埋め立ては まだない



松林から  昔 ここがゆるかなカーブ描く
海岸線であったことが 想像できた
さいしょ Googleの航空写真→ 和歌山市 より
北港 広大な製鉄工場と 街の境界にのこる松林
また 南港から 雑賀崎 までにのこるそれを見て

のち 明治の地図より
海岸は 紀の川のおおきな三角州でできた
10数キロにおよぶ 砂浜であったことを知る


R0070390_convert_20131127195553.jpg
昭和37年の写真

現在 地図北の端 磯ノ浦にのみ その砂浜がのこる
磯ノ浦を訪れたことある人なら 想像できるとおもう
今でさえ 2キロにおよぶその砂浜から
昔この河口 両砂浜のスケールが
どれほどのものであったか

たまたま 新日鐵住金 工場見学が
10月なかばにあり 参加
敷地内には 各工場つなぐ線路があった
コンビニもあった 銭湯もあるときく

広大な工場内を バスで案内された
数十年の錆の蓄積 新旧無数の入り組むパイプ
植物がこびり付く 工場の壁面
高炉で溶かされ まだオレンジに光った
高温の鋼板となって 出てくる過程を見
熱く 巨大生物化したような 工場の内を
自分たちは 移動していた


R0069767-2.jpg
明治の地図 河口に島が

ガイドの女性が言う
「 左にみえる緑は 工場から出る鉄粉等から
 近隣住民への害をふせぐため 植えたものです 」
上の方が そう教育したのだろう

バスは むかし砂浜だった場所を走っていた
ある場所は 植えたものもあるだろう  でも
一目みて その松林が当時からのものとわかった
のちに訪れた お寺の住職の言葉からも
そのことが 確認できた

昔 海からの風や砂から
土地の人を守っていた 松林が
今では 鉄粉を防ぐことに
一役かってしまっている

山や海にたいする圧倒と でも
この巨大な人工物への圧倒は なんだろう
それは矛盾しないと 友人は言う。。
その下に眠る 浜のことをおもいながら
のちに 磯ノ浦 松江の町を歩いた



紀伊海岸南下計画「 加太④ 淡嶋神社と西方浄土 」



海のにおいは 女性のにおい
そのまま 母胎のにおいのような気がする

全国から集まったひな人形が 白木の船に乗り
西の沖へ旅立ってゆく ここ淡嶋神社のひな流し
ごはん屋のおばちゃんによると
近年まで そのまま海へ還っていった三隻のこの船も
今では ゴミになるからと回収されているという

南端 串本より北 この半島では
きれいに 海の向こう側に
陽が沈む

自分には そこに仏教の西方浄土が重なり
この まだ観ぬ 三月三日のひな流しに
つたえ聞く 那智の補陀落渡海(ふだらくとかい)
( 観音の浄土である補陀落 に生まれるため
 生きながら その沖にて入水する )

また 浄土真宗の往相回向・還相回向
(おうそうえこう・げんそうえこう)
( 浄土に迎えられ仏となり ふたたびまた
 この世に還り 衆生に無限の光をとどける )
のイメージが 重なる


R0069825-2.jpg

北は大阪 南は和歌山市
都市と街に挟まれているのに この加太という町の
不思議な果て感 はなんだろう
その果ては 海のむこう
光の世界につながっている

神社参道の食堂で
魚貝の定食をいただいた
鯛の切り身は 醤油でなく
硫黄のような香り ただよう
この紫色の岩塩を削り かけるよう
大きな体の 女性に教えられた


R0069844-2.jpg
R0069665-2.jpg
戦前の淡嶋神社 現在は鉄筋(昭和40年代頃 今の造りに)


手元の本には 古代
ここ 紀州から国への貢ぎ物は 塩であり
周辺から製塩の遺跡が 多くみつかっていると
また サザエやアワビは
ここ加太の海女が採ったものに 限っていたとある

海のにおい 潮のにおい
祠の中にみた 無数の性器をかたどった
子宝・安産祈願 婦人病よけの奉納物にも
命終え また生まれてくる 生命の循環を見
真宗の往相回向・還相回向を 重ね
その沖の光とともに この加太で僕は
浄土 という母胎の中にいた
人は皆 海の中にいるような気がする

和歌山市加太




紀伊海岸南下計画「 加太③ 海の上の墓 」

関空を歩くときは 加太の山をおもうと思う
ようやく謎が解けた というより
土地の人にはみな 周知のことだった
二つの山の名があるだけ 何度か訪れた
この広大な 灰色の更地は なんやろう と

初めは 県下の土地開発のための 土砂採石地かと
次にその南の 新日鐵住金の埋め立てのものかと思い
でも それにしては草もなく 昔のことでなく進行形のような。。。


R0070013.jpg

聞けばバブル期 関西国際空港建設のための 採石地であると
「コスモパーク加太」と名付けられた一帯
うちの近所のおっちゃんも その当時
巨大なトラックを見物に 訪れたという

新興住宅地とし 売れること期待した県の事業
実現することなく 今は一部がトマト菜園と
太陽光発電のパネルが 敷かれた光景に
エネルギーとはなんやろう と不思議な気持ちになった

大阪湾に眠る 加太の山
空港は 巨大な墓に思えた


R0069923-2.jpg

帰り道 寄るつもりない脇道はいると
左右の採石地とは対照的な 細い道
秋桜のさく中 新築の家と 江戸期とみられる
旧家の点在する田園風景つづく 日野の集落だった
地図から その灰色の地にはさまれ
ひっそり息づいているのが わかる


R0069924-2.jpg

その山肌 人ひとり通れる道歩いてみると
小さなお寺をみつけた 光福寺
今てもとの本に 山伏の修行場の跡が
とあるが気づかず

古い砂岩の墓石が集まる 無縁仏
横に彼岸花は もう枯れてしまっていたけれど
この石仏が ぜんぶ見聞き わかっているような気がし
その面立ち 寺の名とあいまって
少し気持ちが 穏やかになった

和歌山市加太




紀伊海岸南下計画 「 加太(かだ)② 」


R0069538-2.jpg

「昭和36年第2室戸台風のこと」

その町のこと 知るには
寺のお坊さんに 話 聞くのがいい
前回の砲台跡もそう
本堂だけ おじゃまするつもりに
立ち寄った 浄土宗 称念寺の住職が
あふれるように お話くださった

夕涼みのおばちゃんや 食堂のおばちゃん 住職もそう
町のこと聞くと 皆話すのは
うちの地元でも 被害の大きかった
昭和36年 第2室戸台風のこと
その被害は 相当なものだったらしく


R0069546-2.jpg
R0069648-2.jpg
(上)海岸道路 左に海
   祠から ここが海と陸の境界であったことが分かる
(下)継ぎ足された 加工の痕跡


今 この加太の海岸道路
そこには当時 家々が並んでいた
台風で 浜より一列目の家々は崩壊し
二列目の家は 柱だけに
三列目には 多くの船が突き刺さっていたという

それ以前 海側には 美しい砂浜が広がっていたこと
真夏には ひりひり砂が熱すぎ
裸足で海まで たどり着けなかったこと
子供のころの光景を 住職は話してくれた

その後 浜は広く埋め立てられ
下記リンクの地図にあるよう
現在 北側に砂浜を残し
海にむかって600mほど
防波堤・船着き場 公園がつづく
それは どの町も今も進行形のこと


R0069666-2.jpg
R0069440-2.jpg
(上)戦前の風景 左に海が広がる
(下)峠の下 北の大川への石碑 昔は今のトンネルでなく
   閉鎖中の海岸の道でもなく 山越えの道であったという

当初は 砂浜だけを巡る予定でいた
でも 土地を歩き 人々の言葉から
加工の下に眠る もうひとつの海岸が
見えてくるような気がする

ちょうど先日 星空の下 この埋め立ての公園で
映画を観る機会があった「バグダッド・カフェ」
その下に 砂浜が眠ってることを想うとき
過去の風景と時間 その土地で起こってきた
自然と人間 人々同士のやりとりが
見えてくるような気がした

和歌山市 加太




紀伊海岸南下計画 加太 ①

前回 大川(のつづき)


R0069456-2.jpg

砲台跡を訪れた 友ヶ島でなく陸側 深山の
一体だけのものか と思っていたところ
6体が鎮座していたという 想像以上の規模
土台は 幕末に造られたと聞く

点々と案内板はありながら ほどよく放っておかれた感
森の中 大きな生物のよう そこに同化していた

地下の弾薬庫へ 階段降り始めすぐ 冷気が体覆う
爆発音が海に響いてたであろう もとの形終えて永く
と思っていたが 実際 大砲が使われることは なかったという
大戦中 大阪湾への米軍侵入に 備えたもの
後日そのことを知った時 このレンガ造りのアーチが
少し 笑っているように思えた


R0069464-2.jpg
R0069460-2.jpg

山道を抜けすぐ 岬の頂上
瀬戸内を眺める 大きな宿泊施設では 現在
湯上りの浴衣姿の人間が くつろいでいて
その駐車場にも弾薬庫跡が  ながく海岸へとつづく山道にも
隣り合うものとの関係に 不思議な心持ち

息をはぁはぁ 所々 大きなキノコに招かれながら
小さな浜に降りると 紀伊最北 隠れた浜のひとつ
地元の釣り人は なんとここまで森の中 土石の山道
原付で 通っている模様

R0069469-2.jpg
R0069479-2.jpg

この石組みのトンネルは なんだろう
山の排水溝かと思えば 水は流れていない。。
聞けば これも軍事の魚雷の通り道という 高台から海への

「穴という穴は 異界へと通ずる」とは
水木しげるさんの 言葉だったと思う
弾薬庫 ぬかるみを踏み響く闇の中 小さく歌っていると
地下世界 すべての穴は繋がってるのでないか
次から次へ色んなイメージが 頭の中に浮かんできた

和歌山市 加太