青木良太 氏との トーク
こちらの 陶器の堅牢性への憧れ
互いの作品の似ているところや 触感のこと
氏の言う 生成過程での内側と外側の関係
僕の絵に現れるうけ皿としての 盆地状形態のこと等々
一年前より氏の器で 夜ねる前の白湯いただいてます
たのしいたのしい時間でした




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出品して頂いている「美術の時間」和歌山近美
楽しさと緊張感の 魅力ある空間

音奏でる作品数点の コチコチリンリンと音の粒子が
他の作品と呼応して  体 移動させても 背後の作品や
展示空間全体の「時間」を意識させてくれ
「時間の美術」とも 呼び替えれるような

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ところどころ カラフルな
円形のキャプションや ふきだしが可愛らしく
収蔵作品と新しい作品との関係も 新鮮で

重力による降下で ゼンマイ仕掛けの物体が静かにたゆたう 
風車のような 深海魚のような 永沼理善さん「自重力 BOY」
西村陽平さんの「百科事典につぶされた松本清張」

最後 宮永亮さんの 巨大な映像作品「scales」を
眺めてると「時間」というものを 意識せざるえない状況に
すでに自分たちはいることを確認し
も一度 生活の中に持ち帰る感覚に 陥りました
杉本博司さんの劇場シリーズを 堪能できたのも贅沢

おすすめです




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先日うちに やってきたもの
ハ虫類の皮膚が そのまま
器になったような湯呑み

触感は 皮そのもので
でも音は 金属性の硬質
指の湿度でも 吸収変色し
離すとまた蒸発し もとの色に

大谷哲也さんの白い湯呑み
起床時に
寝る前の さ湯を
これで頂くつもり

「青木良太 展 目線」〜6/30
Onomachiα(和歌山市)
にて 遭遇しました






田中誠司の 舞踏をみていると
踊り手を包む 外側の動きも 感じられるような気がする
空気というか大気と言っていいのか 風や地面や重力も

そこに筋肉質でなく 女性的な踊り手の体が
より 外側との境を あいまいにして
柔らかく溶けたり またぽっと浮いたりし
観るこちらをも その世界に巻き込んでくれた

踊りでも 西洋のそれからは どちらかというと
人体の動きのほうに 集中しているように感じる
(よく観ぬままの 印象ですが…)
舞踏の動きが あのようにときに奇怪に
ときに 老人のようになっりするのは
地面や 目に見えない 生き物 としての外側
それに敏感に反応しているから のような気がし

外側にたいする畏れのようなもの と
内側で巡っているもの との行ったり来たり というか
その膜の内に同化したり またそこから駆け出したり

曇りの風の中 奈良平城京の瓦を焼いていた遺跡
その上に加工された新興住宅地
さんぽ中の住人たちが 立ち止まる中
ほぼ裸の 幾カ所から出血した 白い中性の舞う
不思議なひとときを 堪能しました

日曜 東京でまた 舞われるそう
春風洞HP



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夜 人のいない東大寺南大門 おそるおそる
そこにおられるとは わかっていても
闇にぬっと陰影で浮かび上がった 巨大な仁王像に
僕の小さな体の内にある 影のようなものも
目眩のよう ゆらっと揺れたような気がし
なにか冬の大木のように 色や質は消され 骨格となり
背後の闇を引きつれ こちらを見おろしておられました

800年前 運慶 快慶 湛慶 その一門が 二ヶ月で完成させた と聞く
この二体の像に見下ろされ 自分が問われているような気がし
先人方の遺した とてつもないものを目の前にすると
いつもある想いを 自分の内に確認するものです


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また 社会という常識が 寝静まる頃 どこにいても 
昼間潜んでいた別のものが 静かに登場し始め
そのなにか と創り手の鋭敏 が触れるところに
作品というものが 出現するような
広大な東大寺の境内にも それを感じ

当時は 蠟燭のもとでの作業もあったでしょう
(その陰影の下で 形態を確認したのでは とも想像されます)
闇を背景に浮かび上がった この仁王もまた
その触れるところに 彫りだされたのかも知れません